常識の中での「反常識」
「常識を破る」必要性はわかるとしても、いざそれをやるとなると、けっして容易なことではありません。
具体的にどうしたらよいかが、わからないからです。
この種の本はいくらでもあります。
しかしそれらの多くは、その必要性を劇的成功例を下敷きにして説いたものであって、その発想プロセスは、なるほどとは思いますが、容易に自分の周囲に横すべりさせられるものではありません。
・・・破れにくいからこそ「常識」なのだとも言えます。
しかも、「常識」は論理化されうるが、それを破りうるものは、おそらく論理ではないでしょう。
論理的思考にならされてきた大人たちにとって、「破常識」は至難の業です。
そこで私は、同じことを引反常識レと言い換えています。
つまり、いつもと反対のやりかたをしてみたらどうか、ということです。
どう動いたらよいかというイメージが、いささか具体的にわいてくるのではないでしょうか。